東京地方裁判所 昭和38年(行)107号 判決 1967年4月25日
原告 株式会社 高桑米吉商店
被告 東京都知事
主文
原告の主たる申立てにつき、訴えを却下する。
原告の予備的申立てにつき、請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の申立て
一 原告
(一) 主たる申立て
「被告は、原告に対し、金四、八七三万一、八〇五円及びこれに対する昭和三八年八月三一日以降右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求める。
(二) 予備的申立て
「被告が起業者として施行する東京都市計画街路幹線街路放射街路第四号線築造事業による、原告所有の別紙目録記載各土地の収用ならびに地上物件の移転その他による損失の補償に関し、昭和三八年八月一五日東京都収用委員会がなした損失補償額金五、五五九万五、五九〇円との裁決を金一億四三二万七、三九五円と変更する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。
二 被告
(一) 本案前の申立て
「原告の訴えを却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。
(二) 本案についての申立て
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。
第二原告の主張
一 原告は、昭和二一年四月二三日頃別紙物件目録記載の各土地(以下本件土地という。)を買い受け、同二二年頃、本件土地上に、木造スレート葺二階建店舗一棟一〇四・一三平方メートル(三一坪五合)二階一〇四・一三平方メートル(三一坪五合)木造スレート葺平家建店舗一棟六六・一一平方メートル(二〇坪)の各建物を建築しようと計画し、同年東京都知事に対してその建築許可を申請したが、本件土地は、右申請の当時すでに昭和二一年三月二六日戦災復興院告示第三号による東京都市計画の街路予定地として建築制限を受けていたため、建築許可を得ることができなかつた。そこで、原告はやむを得ず東京都建築指導部等の関係官庁の指導、指示に従い、歩道敷から九メートル後退した線の本件土地外の土地に右建物を建築した。(なお、原告は、昭和三六年頃右建物をとりこわし、その跡に後記鉄筋コンクリート造六階建併用住宅を建設した。)そしてそれ以後本件土地は、後記の収用がなされた昭和三八年八月三一日に至るまでの間継続して建築等の制限を受けており、原告はこれを更地にしておかざるをえなかつたのである。
東京都の都市計画と建築制限との関係は、別紙のとおりである。
二 ところが昭和三六年一月一三日建設省告示第二六号により東京都市計画街路幹線街路放射街路第四号線築造事業について都市計画事業決定の告示があり、さらに、翌三七年六月一二日特定公共事業認定の告示がなされ、次いで同年七月三一日本件土地に対する土地細目の公告が行なわれた。
三 一方起業者たる被告と土地所有者たる原告ならびにその他の関係人との間に昭和三六年七月以降土地についての権利の取得に関し種々折衝協議が行なわれたが、特に損失補償の額につき円満な解決に至らず、本件は東京都収用委員会の解決に委ねられ、同委員会は審理のうえ昭和三八年八月一五日本件収用について次のような裁決(昭和三八年第四号)をなし、該裁決書正本は翌一六日原告に送達された。
四 ところで東京都収用委員会の裁決の内容は次のとおりである。
(一) 収用する土地 本件土地
(二) 損失の補償 総額金五、五五九万五、五九〇円
その内訳
1 土地補償 金四、九四六万九〇円
(本件土地合計三八九・六八平方メートル(一一七坪八合八勺)の補償額であり、三・三〇平方メートル(一坪)当りの補償額は金四一万九、五八〇円である。)
2 建物移転補償 金五万四、四八二円
(本件土地の東北側隣接地上所在の原告所有の鉄筋コンクリート造六階建併用住宅(以下併用住宅という。)の袖壁部分が収用地に幅〇・二一五メートル、高さ一七・一メートル、厚さ〇・〇六メートル突出していたので、これを削り取るための移転補償額である。)
3 工作物等移転補償 金一〇八万一、八九四円
(本件土地上に存在したブロツク塀、コンクリート舗装、火災報知機架空線その他二〇種目の工作物の移転補償である。)
4 移転雑費 金四万二、七〇一円
5 併用建物改修工事補償 金三八万二、六七一円
(本件道路工事設計によると原告所有の隣接残地の地盤面は新設歩道面よりも〇・二六六メートルないし〇・五八メートル程度高くなり、従来の利用度を著しく阻害するので、併用住宅建物の出入口を新設歩道の高さに合わせるための改造および同建物の外壁化粧直し等に要する工事費用の補償である。)
6 給油取扱所改修工事費 金三五〇万八、七五二円
(本件土地の隣接地上所在の原告所有のガソリンスタンドの全面改装工事等の補償である。)
7 給油取扱所賃貸料補償 金一〇六万五、〇〇〇円
(前記ガソリンスタンドは原告が訴外広和興産株式会社(以下広和興産という。)に賃貸していたものであるが、右工事により同スタンドの使用収益が相当期間不可能になるので、賃貸人である原告がその間賃料収入の途を失うため、これに対する賃貸料三か月分の補償である。)
(三) 収用の時期 昭和三八年八月三一日
五 原告は右裁決にはなはだ不服であつたが、起業者の要請もあり、昭和三八年八月二八日右の裁決による補償金五、五五九万五、五九〇円を一応受領した。しかしながら、右裁決は、次の各点において不当である。
(建築制限による損失の補償について)
1(1) 訴外亡高桑米吉は、明治三〇年頃から当地において寝具小売商を営んでいたものであるところ、昭和二〇年原告会社が設立されて同人の営業を引き継ぎ、昭和二二年に前記のように本件土地上に建物を建築しようとしたが、本件土地はすでに建築制限を受けていたため、やむなく歩道敷から九メートル後退した本件土地外の土地上に右建物を建築せざるを得なかつたのである。
(2) しかるに前記東京都の都市計画はその後長らく実施されることなく、実に昭和三六年に至つてはじめて実施に着手されたのであり、その結果原告は昭和二三年一月一日以降本件収用の時期である昭和三八年八月三一日までにわたり(ただし後記仮設建物三棟を本件土地上に建設所有していた昭和三五年三月から昭和三六年七月までの一年五か月間を除く。)一四年三か月の長期間この建築制限の規制にしたがい、青山の一等地である本件土地を更地にしておかざるを得ず、原告の本件土地に対する権利の行使は著しい制限を受けたのである。しかるに本件土地の近隣地は本件土地と同様に建築制限の規制を受けていたにもかかわらず、無許可の建築または収用の際は無条件、無補償で収去、立退くことを条件として建築を許可された建物が建てられていたのであるが、被告はこれらの建物についてすべて移転補償をしたのである。この措置自体の是非は別としても、原告のように建築制限を長期間にわたつて受忍し、法令を遵守していた者は、法を守らず、また法をくぐつて既定事実を作り上げたものに比較して実に多くの損失をこうむつたのであり、まさに正直者が損をみたという結果を生じていることは明白である。のみならず、原告は前記のように、当初寝具等の小売を業としていたものであり、相当の地盤を有していたものであるが、青山の大通りに直接面している本件土地上に店舗等の施設を設けることができず、小売商として営業上著しい打撃を受け、ついにこれを廃業し、寝具、衣類等の卸および製造業に転向したが、この仕事も必ずしも順調に行かないため、これらの仕事とともに、住宅金融公庫の融資を受けて本件土地の隣接地に前記の併用住宅を建設してその大部分をアパートとして賃貸し(賃料は住宅公団の基準にしたがう制約がある。)、その賃料等の収入により、その企業を維持している状況なのである。
(3) このため原告が事業上こうむつた損害は一か年につき金五〇万円、一四年三か月間で金七一二万五、〇〇〇円となるが、少くともそのうち金五〇〇万円について被告はその補償をすべきである。
2 右補償をすべき法律上の根拠について
(1) 憲法第二九条第三項は「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」と定めているが、これは公共の福祉のために私有財産絶対主義を修正ないし制約しながらも、私有財産を公共の福祉のために収用または使用する場合には正当な補償すなわち完全かつ合理的な補償をなすべき旨を規定したものであり、土地収用法の補償規定も憲法の右規定を受けて定立されたものである。ところで都市計画法に基づく収用は、建築等の制限にはじまり、都市計画事業決定の告示、土地細目の公告、収用地への立入調査、損失補償に関する協議、収用委員会の審理、裁決という手続を経てなされるものであつて、収用は、一個の単一な行政処分ではなく、収用処分を目指しまたはそれと密接な関連を有する右のようないくつかの行政処分ないし措置の複合した一連の継続的な手続過程であり、このため通常相当な期間を要する。そしてこの間収用予定地はほとんど例外なく建築制限の下におかれる。そしてこの制限は都市計画を円滑に実行するためになされるものであるが、他方私権に制約を加え、私人に多大の損失を与えるものであり、その損失の発生は通常必ず予想しうるところである。したがつて、この手続過程において被収用者に与えた損害ないし損失は収用に因つて生じた損失(土地収用法第六八条)または収用に因つて通常受ける損失(同法第八八条)であるというべきである。なお、被告は文化財保護法第四五条をあげて、このような明文の規定がない以上建築制限等による損失は補償されないというが、同法は私人の所有権がいわば永久的に制約を受けることになるため直接その制約に対する補償につき特に確認的に規定したものであるのに対し、土地の収用に伴う建築制限は収用を目的とした一時的な制約であり、収用される際に建築制限による損失を含めて収用によつて生ずる一切の損失を補償すれば足り、建築制限による損失の補償についてのみ特に独立の補償規定を設ける必要がなく、他の補償と一括して土地収用法第六八条または第八八条を根拠として補償されることになるのである。以上のところから明らかなように、本件の都市計画法による収用は、憲法第二九条第三項に定められている公用収用の問題なのであつて同条第二項にいう公用制限の場合の問題ではないのである。
(2) 仮に都市計画のための建築等の制限により生じた損失が一般的原則的には補償の対象とならないものであるとしても、本件の場合には前記五1(2)で述べたような特段の事情があるから、この損失の補償をしなければ「正当な補償」ないし「合理的な補償」といえないものである。
(3) 仮に土地収用法第六八条または第八八条が建築制限による損失の補償をなすについての根拠規定となりえないとしても(この場合には法律の欠缺というべきであつて、そのこと自体憲法第二九条第三項に違反する。)、憲法第二九条第三項自体を直接の根拠規定として、原告には損失補償請求権がある。
(工作物移転補償について)
1 この点に関する収用委員会の裁決は、被告の申立額をそのまま認容したものであるが、それによると工作物等移転補償額はブロツク塀、コンクリート舗装(これが補償の対象になつているか否か裁決からは必ずしも明らかでない。)、火災報知機、架空線その他二〇種目の工作物(別紙工作物目録のとおり)に対して金一〇八万一、八九四円である。
2 一方本件収用の関係人の一人である前記広和興産は、収用土地上の柱二本(三菱サインボール二本)に対し金一万九九二円、移転雑費として金一万三二九円、合計金二万一、三二一円の補償を受け、さらに右移転補償についての特別措置として金七六万三、九二〇円、総計金七八万五、二四一円の補償を受けているのである。この特別措置による補償額は右移転補償額と移転雑費との合計額金二万一、三二一円の約三五、八倍に当る(なおその他近隣土地の工作物についてもすべて特別措置による補償がなされている)。
3 これに反し、原告の特別措置による補償は零であつて、原告のみが如何なる理由のためか著しい不平等な取扱いを受けているのである。
そして、この特別措置について原告と広和興産とを差別する理由はないのであるから、原告は、右工作物等移転補償額金一〇八万一、八九四円のほかに、広和興産の場合に準じてこれを三五、八倍した金三、八七三万一、八〇五円の補償を請求する権利がある。
もつとも、被告は、原告の場合は「使用者」(占有者)たるの要件を欠くから特別措置による補償をしなかつたものである(後記第三、二、(二)、2、(3)、ロ、(ホ)、a)と主張する。
しかし本件ガソリンスタンド前の収用土地(被告主張別紙第一図面の青線より下の部分の土地)は、被告主張のごとく、広和興産が原告から賃借し、または使用借したものではなく、広和興産が原告から借りていたものはガソリンスタンドのみである。そしてガソリンスタンド前面の土地のうち本件収用土地を除いた残余の土地についてのみ広和興産は建物(ガソリンスタンド)賃貸借に伴う建物の敷地として占有していたにすぎない。ガソリンスタンド前面の土地のうち本件収用地はまさに原告がこれを所有し、かつ営業の用に使用し占有していたものであり、原告以外の何者もこれを占有する権原を有せず、かつ占有していなかつたものである。他方本件ガソリンスタンド前の収用土地には原告により別紙工作物目録中※印を附した物件の設備がなされ、右土地は、(一)右ガソリンスタンドに出入りする自動車通路、(二)原告所有の賃貸建物等に必要なガス、水道、電気、下水等施設の設置場所、(三)右建物(ガソリンスタンド)に必要な補助施設(照明施設、ブロツク塀等)の設置場所(ただし、この場所は前記のとおり広和興産に貸していない。)等の目的に使用され、(なお右工作物はすべて広和興産への賃貸物件の中には含まれていない。)したがつて右土地は原告において現実に占有使用していたのである。要するに本件ガソリンスタンド前の収用土地および右各工作物はすべて原告の広和興産への賃貸物件の中に含まれていないのであるから、右の土地について広和興産はなんら占有権限を有していなかつたのである。ただし広和興産は右土地上の工作物のうち広告柱、照明施設、ガソリン計量器等を現実に使用したり、ガソリンスタンドに出入りする車を駐車または停車させることにより右土地を現実に使用していたことは事実であるが、広和興産には、右土地の占有権限がないのであるから、右土地をガソリンスタンドの一部であるとし、または右土地を賃貸借物件である店舗と同視しうるものではない。むしろ原告は本件収用に協力するためわざわざ本件土地を広和興産の建物賃借に伴う敷地使用権の範囲から除外しておいたのである。そして原告は賃貸アパートおよびガソリンスタンド建物の後部にある原告営業部および工場として使用していた建物に必要なガス、水道、電気、下水等施設の設置場所として現実に右の土地を占有使用していたものである。
以上の意味において、原告は右土地をガソリンスタンド賃貸、賃貸住宅、ふとん衣類の製造販売業の営業用土地として占有、使用していたものというべきである。
さらに原告において特別措置以外の補償のみでは、右土地のような営業用土地を確保することが困難であることは、被告の主張する広和興産や訴外水田松蔵の場合と同様であつて、そこになんらの差違はなく、この点に関する要件については、原告会社の近隣類地のすべての被収用者に対して特別措置がなされていることからみても厳格に解されるべきではなく、この点に関する要件も充足されているというべきである。
(仮設建物移転補償について)
1 原告は昭和三五年三月頃本件土地の隣接地に前記併用住宅を新築するため昭和二二年頃建築した前記一挙示の建物をとりこわし、併用住宅完成までの間臨時使用の目的で、仮営業所として本件土地上に、
(1) 木造スレート葺平家建建物一棟四九・〇二平方メートル(一四坪八合三勺)
(2) 木造トタン葺二階建建物一棟五九・五〇平方メートル(一八坪)二階五九・五〇平方メートル(一八坪)
(3) 同建物五二・八九平方メートル(一六坪)二階五二・八九平方メートル(一六坪)
の三棟の仮設建物を建築した。
2 東京都係官小坂実は、昭和三六年六月六日頃原告の社員千葉原菊雄立会のうえ、本件収用物件の調査のため本件土地に立入検査をして右仮設建物三棟の存在を確認するとともにその測量、写真撮影等の調査を完了した。
そこで原告は、補償額査定に必要な当局の調査が完了したこと、その後併用住宅が完成し右各仮設建物が不必要になつたことなどの理由から、収用裁決のある前である昭和三六年七月三〇日頃右各建物を取りこわし撤去した。
そして右係官は同年九月七日頃、右千葉原に対し右各建物を移転する補償額は金五〇〇万円である旨を確認してその申入れをし、右千葉原は同日原告代表者高桑寅雄にこのことを報告し、その承諾をえて右同日右小坂に対しその申入れを承諾する旨の意思表示をしたものである。かくて原告と被告との間において本件各仮設建物の移転補償額について土地収用法第四〇条所定の協議による合意が成立したのであり、それより原告は被告に対し金五〇〇万円の損失補償請求権を得たものである(なお同法第四〇条によれば、協議は「土地細目の公告があつた後」に行なうべきものとされているが、公告前の協議に基づく合意もその効果において公告後の協議に基づく合意と異ならないものというべきである。)。
3 しかるにその後被告は右確認をくつがえし、本件仮設建物は収用の時期に存在する建物でなく補償の対象としないと主張し、収用委員会も右各建物の移転補償を認めなかつたものである。しかし被告が、収用手続の過程において係官が確約したことを当該建物が収用の時期に存在しなかつたことを理由にくつがえすことは全くの背信的な行為であり、ゆるすべからざる形式主義であるといわざるをえず、収用委員会がこの点について原告の主張を認めなかつたこと(しかもなんらの理由も付せずに)もまた違法である。
加えるに土地収用法第七一条は補償額算定の時期を収用裁決の時としているのみで、補償の対象物をこの時に存在するものに限定しているのではない。さらに同法第七七条に「収用………する土地に物件があるときは、その物件の移転料を補償」すべき旨規定している。本件のごとく起業者の係官が該物件を確認し、それについて立入検査、写真撮影、測量等の補償額査定に必要な調査をなし、該物件を補償の対象とする旨確約した場合には、まさに右条文にいう「収用………する土地に物件があるとき」に該当するものであると解すべきであつて、裁決はこの点においても違法であるというべきである。
六 よつて原告は、
(一) 主たる申立てとして、起業者たる被告に対し、
1 建築制限による損失補償金として金五〇〇万円
2 工作物移転補償金として金三、八七三万一、八〇五円
3 仮設建物移転補償金として金五〇〇万円
の合計金四、八七三万一、八〇五円ならびにこれに対する収用の時期である昭和三八年八月三一日から右支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各支払を請求するが、
(二) もし右主たる申立てのような給付の判決を求めることが法律上ゆるされないときは、上記の理由により予備的申立てとして、前記第一、一、(二)のとおりの判決を求める。
第三被告の主張
一、本案前の主張
土地収用法上の法律関係は、国家権力の行使による公用徴収としての公法上の権利義務関係であり、その損失補償も右権利義務関係の一部として同様な性質を有するのであるから、損失補償に関する訴訟は、土地収用法第一三三条第二項において当事者訴訟の形式をとることとしているにもかかわらず、その実質は収用委員会の裁決に対する抗告訴訟とみるべきである。
したがつて、損失補償に関する本件においては、訴外東京都収用委員会の裁決を訴訟の対象とすべきであるから、原告の本件主たる申立ては不適法であつて却下されるべきである。
二、本案に対する答弁と主張
(一)1、原告の主張一ないし四の各事実を認める。
2、(1) 五の(建築制限による損失補償について)の主張事実中、本件土地が建築制限をうけていたこと、被告が本件土地の近隣の収用地上の建物に対し移転補償をしたこと、原告が本件土地の隣地に併用住宅を建設し、その大部分をアパートとして賃貸していることは認めるが、その余の事実は不知、主張の趣旨は争う。
(2) 五の(工作物移転補償について)の主張事実中、1の事実および広和興産に対し、移転、補償、移転雑費特別措置による補償を支払つたこと、ならびにその額、原告に対する特別措置による補償が零であること、原告所有の工作物が広和興産の工作物と同じ土地上に存在したことは認めるが、工作物を営業用に供していたことは否認し、その余の事実および主張の趣旨は争う。
(3) 五の(仮設建物移転補償について)の主張事実中1の事実につき、本件土地上に三棟の仮設建物が存在していたことは認めるが、その余の事実は不知、同2の事実につき東京都係官小坂実が昭和三六年九月七日頃、原告社員千葉原菊雄に対し、建物移転補償額が五〇〇万円相当である旨確認したことおよび仮設建築物移転補償についての協議が成立した旨の原告主張事実はすべて否認し、その余の事実は認める。主張の趣旨は争う。
(二)1、建築制限による損失の補償について
(1) 本件都市計画道路は、昭和二一年三月二日戦災復興院告示第三号により、東京都市計画として決定したが、本件各土地を含む計画区域内の建築制限については、戦災都市における建築物の制限に関する件(昭和二一年勅令第三八九号)および同施行細則(昭和二一年東京都令第八三号)が適用され、昭和二五年に建築基準法が施行されてからは、同法も適用されている。
右勅令および施行細則によれば、本件のごとく都市計画道路境域内で事業未定の場合には、建築可能な建物は一棟の建築面積一〇〇平方メートル以下と定められていた。したがつて原告主張(第二、五、1、(1))の建物は、右制限を越えたため許可を受けることができなかつたものと思われる。
そして、前記勅令施行当時および昭和二五年建築基準法施行以後においても、法令上許容される範囲の建物を建築することは可能であつたのであるから、原告が本件土地を更地にしておいたことは原告の任意な行為によるものというべきであり、建築制限に基づく建築不許可処分の結果であるとは即断できない。
また原告は、寝具等の小売を業としていたが、本件建築制限のため営業上著しい打撃をうけ、廃転業を余儀なくされたと主張するが、その業種の一般的性格からみて、歩道敷から九メートル後退して店舗を構えたことが、その原因であるとはとうてい考えられない。
(2) 法律上の根拠について
ところで現行法制上、本件の場合のように特定の公益事業のために、事業に対して局外の地位にある財産に対し公法上の制限を加え、その目的物につき一定の作為、不作為、受忍の義務を負わしめる場合があるが、これらは、いずれも財産権に内在する社会的拘束に基づくものであり、これに基づく損失については、例外として補償規定のある場合を除き、補償を供しないのを通例とするのであつて、本件の場合もその例外ではない。すなわち、憲法第二九条は、財産権が、その社会的機能との関連において国家から認められる相対的な権利にほかならないことを明らかにしているのであり、私有財産権は、一定の社会的拘束のもとにあるものとして、その内容、限界は、公共の福祉に適合するように法律で定められているのである。したがつて権利行使の自由が制限されたとしても、財産権に内在する社会的拘束に基づくものである限り、必ずしも損失補償の必要はないのである。
なお都市計画のために建築制限をうけることは、都市計画上の必要として首肯しうるところであり、これをもつて建築主の権利を制限したとはいえない。さらに権利行使の制限に対して損失補償が義務づけられる場合には、例えば文化財保護法第四五条のごとく明文の規定がもうけられているのである。本件の建築制限が、将来の収用を見越した負担であるからといつても、土地収用による損失補償義務は、法律上の義務であるから、これに対して補償を義務づけられる場合には、右のように具体的な法律上の根拠を要するのであり、本件の場合には前記のように公共の福祉に基づく権利行使の制限であるから、損失補償の明文の規定がない限り、これに対する補償義務は存しない。
したがつて、本件建築制限のための損失補償の要否は、都市計画法あるいは建築基準法上の補償規定の有無の問題であり、これらに補償規定のない以上起業者たる被告の土地収用法に基づく損失補償の義務は、土地細目公告の時点(補償額については契約または裁決の時点)における土地の状況を基礎として、それと同程度のものを他の場所に再現させるに相当と考えられる補償をすれば足りるのである。
2、工作物移転補償について
(1) 土地が収用もしくは買収された場合には、その土地上に存していた建物は移転を余儀なくされるが、現在の経済事情のもとにおいては、移転建物の従来の使用者が引き続いて移転後の建物を使用する場合においても、使用者が賃借人である場合には、移転を機会にあらたに権利金を要求されるとか、あるいは家賃の引上げを要求される場合が多く、またこれらの事情が存することは、使用者が移転後の建物ではなく、あらたに別の建物を住居として定める場合においても同様である。また移転建物の使用者にとつては、移転完了までの間、またはあらたに建物を定めるまでの間、仮住居もしくは仮店舗を必要としこのための出費を余儀なくされるのが通常である。ところで土地収用による損失補償は、土地細目公告時の現況を基礎として、その原状回復に要する費用を填補することを目的とするものであるが、右のとおり、現在の経済事情にあつては、従来の住居または店舗を失うことは使用者にとつては著しい損失であるので、被告および訴外東京都において、損失補償要綱等に基づき算出した特別措置以外の補償額をもつては従来と同程度の住居または店舗を確保することが困難であると認められる場合には、移転のための特別措置として、後記のように補償をすることにしているのであり、それは土地収用法第八八条を根拠とするものである。
(2) すなわち東京都は、用地の取得に伴う損失補償支払の基準として「東京都の用地取得に伴う補償等の基準を定める要綱」および「同実施細目」(いずれも昭和三六年四月一日から施行。)を定めていた(もつとも、その後国により「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱(昭和三七年六月二九日閣議決定)が制定されたので、右「要綱」および「実施細目」を廃止し、従来の規定を整備して昭和三八年一〇月にあらたに「東京都の事業の施行に伴う損失補償基準」および「同実施細目」を制定したが、この制定により従来の移転のための特別措置の規定は、趣旨を明確にするため、これを削除し、改正した。そしてその改正後の内容は(借家人に対する補償)として「東京都の事業の施行に伴う損失補償基準」の第三四条に明記されることになつた。そしてその第一項は移転先入手に要する費用、第二項は家賃差額の補償を規定しているが、これは従来の要綱において移転のための特別措置として補償していた後記内容の項目に対応するものである。)ので、被告が土地収用法に基づく損失補償をなすに際しても、右の要綱、実施細目に基づく特別措置により支払つていたわけである。
ところで右要綱第三六条は次のように規定していた。
(移転のための特別措置)
「建物の移転により、建物の使用者が、その住居または店舗を失う場合において、第八条(土地価格)第九条(借地権の補償)、第一二条から第一四条まで(残地の補償等)、第一九条から第二一条まで(建物、動産の移転補償)、第二五条から第三二条(営業廃止の補償)第三四条(移転補償)および前条(家賃補償)の補償料をもつては、使用者が従前使用していた住居または店舗と同程度の住居または店舗を確保することが困難であると認められるときは、相当と認める額を補償することができる。」
また右「実施細目」第二二(1)処理方針は、右の規定をうけて次のとおり定めていた。
「ア 現在の経済事情にあつては、建物の移転により従来の住居または店舗を失うことは、使用者にとり著しい損失であり、この要綱の関係各条の補償料のみでは従来と同程度の住居または店舗を確保することは困難な場合が多い。この意味で住宅居住または店舗占有という事実に対して、原状回復に必要とする費用相当額(移転先入手に要する諸経費及び借家人または間借人の場合は家賃または間代の差額等を含む。)を補償しようとするものである。したがつて、この補償は、建物移転の工法その他の状況を調査して、その要否を決定するものとする。
イ この補償は、移築工法による移転について行なうものとする。ただし、その他の工法において借家人または間借人が移転を余儀なくされるときは、この補償を行なうことができる。」
したがつて、移転のための特別措置による補償が適用される要件は、
<1> 建物(住宅、店舗)が移転したこと。
<2> 移転建物の使用者、占有者であること(移転建物の所有者であるか否かは関係がない。)。
<3> 要綱に定めるその他の補償料をもつては、従来と同程度の建物を確保するのが困難であると認められること。
である。
移転のための特別措置は、右の要件に適合するとき移転建物所在土地の時価、建物の時価、建物使用坪数(建坪)等に対応して、実施細目第二二(2)算出の基準に定める方式をもつて計算される額を補償するものであるが、これはあくまで補完的な性格のものであり、その内容は、仮住居または移転先入手に要する諸経費(例えば、権利金、敷金、住居選定のための交通費等)家賃差額等に対する補償である。それ故営業補償とはもとよりその性質を異にする(営業補償については右要綱第六条から第三二条までに規定がある。)。また工作物移転補償から一定の割合をもつて当然に算定されるものでもない。
(3)イ 右に述べたとおり、移転のための特別措置による補償は、建物(住宅、店舗)が収用もしくは買収により移転した場合に、その移転建物の使用者(占有者)に対して、建物価格、土地価格、建物使用坪数に対応して計算した額を補償するものであるが、営業の態様によつては、建物(店舗)そのもののほかに、建物(店舗)の周囲の土地をも、店舗と同様に常時営業の用に供しているものがある(例えば、ガソリンスタンド営業において、建物(店舗)そのものの前面の土地に計量器等を据え付け、車を出入りせしめ営業している場合の前面の土地、幼稚園の屋外教場、材木商において建物(店舗)そのものの周囲の土地に材木を置き取引きをしている場合の周囲の土地等)。そこで、これらの営業に対する特別措置の適用については営業の用に供していた建物(店舗)の周囲の土地についても、建物(店舗)と同視して(土地の面積を建物使用坪数に算入して)実施細目第二二(2)算出の基準に規定する方式により額を計算したうえさらに一定率を乗じ、算定された額をもつて補償しているのである。いいかえれば、一定種類の営業については、営業の用に供していた土地を、要綱第三六条に規定する「建物の移転により」という要件の「建物」(店舗)とみなす取扱いをしているのである。
ところで右の特別措置による補償について、前述の意味における土地を建物(店舗)とみなす取扱いは、建物(店舗)周囲の土地が収用もしくは買収された場合のすべてについて適用されるのではなく、この取扱いが適用されるには、右に例示したように、幼稚園の屋外教場とか材木商の材木置場のように、社会通念上、その土地が建物(店舗)と同視される程度に、常時営業の用に使用、占有されていたこと、いいかえれば、建物(店舗)周囲の土地が店舗そのものと同様の機能を営なんでいたことが必要なのである。したがつて、店舗周囲の土地に店舗に付属的な工作物を設置しているにすぎない場合とか、あるいは店舗周囲の土地を間接に営業の用に供している場合には、この土地を店舗とみなす取扱いは適用されないのである。
そしてガソリンスタンド営業は、建物(店舗)の前面の土地にガソリン計量器を据えつけ、そこに車を出入りせしめて給油する業態であるが、この業種にあつては、店舗前面の土地は通常の他の小売店舗における店舗そのものと同様の機能を果していること、また店舗前面の土地は、ガソリンスタンド営業者が給油業務のために常時使用、占有していることは社会通念上明らかであるので、ガソリンスタンドの店舗前面の土地が収用もしくは買収された場合の特別措置による補償については、被告は、前述の意味の土地を店舗とみなす取扱いを適用し、その営業者に対してこの補償をしているのである。
ロ 広和興産等に対する特別措置による補償について
(イ) 本件収用以前の港区青山北町五丁目三八番地および同三四番地の平面図略図は、別紙第一図面のとおりであつて、原告はその所有地上に六階建賃貸アパート(その一部を店舗として訴外日本冷蔵に賃貸)、および賃貸店舗(給油取扱所―ガソリンスタンド。広和興産に賃貸。)を所有し、訴外日本冷蔵に賃貸した店舗の前面の土地には花壇を、広和興産に賃貸した店舗の前面の土地には給油取扱業務用工作物(ガソリン計量器、地下タンク)等を設置していた。
(ロ) そして広和興産が、ガソリンスタンド営業のため原告から賃借し、または使用借して使用、占有していた部分は、右図面中赤線に囲まれた部分であり、本件において道路用地として収用されたのは青線から下の部分である。
(ハ) また右広和興産が使用、占有していた土地(準店舗部分)のうち、青線から下の部分が道路とされたため、残地盤が新設歩道面より〇・二六ないし〇・五八メートル高くなり、そのままでは車の出入りに支障を生じ、また、給油取扱業務用工作物(地下タンク、計量器等)の移転、改装を余儀なくされた部分は、赤斜線の部分である。
(ニ) 訴外水田松蔵は、赤線で囲まれた建物(店舗および住宅)を使用、占有していたところ青線から下の部分の土地が道路用地として買収された。
(ホ)a ところで原告の場合は、「建物の移転」という要件については、賃貸アパートに関しては移転がなく、ガソリンスタンドについては右のとおり建物(店舗)の前面の土地が店舗と同視される結果「建物の移転」という要件には該当するが、「移転建物の使用者(占有者)」という要件については、原告はガソリンスタンドの所有者ではあるが、これを広和興産に賃貸しているため「移転建物の使用者(占有者)」という要件にあたらない。
右の点を詳述すれば、広和興産が、原告より賃借していたガソリンスタンドの建物の前面の土地の本件収用以前における平面図は別紙第二図面のとおり(縮尺一〇〇分の一、ただし点線から上の部分は本件収用と直接関係がないので不正確)であつて、原告主張の工作物の設置個所は赤傍線で示したとおりである。すなわち原告設置の工作物の大部分は右前面の土地と隣地あるいは既設道路との境界に設置されていたのであり、一方右前面の土地内には、ガソリン計量器、サインポールおよび水栓が設置されていたのであるが、このことからも明らかなように、右前面の土地には給油のために自動車が常時出入りし、右土地はガソリンスタンドの一部として店舗と同様の機能を営んでいたものである。
そして、仮に原告主張のように、右前面の土地を原告がその営業のために常時使用、占有していたというのであれば、右土地内に設置されていたガソリン計量器は用をなさず、またガソリンスタンドを利用しようとする車は、既設道路から出入りすることに支障をきたし、結局ガソリンスタンドは、その機能を失うことになるであろう。また原告主張のように右前面の土地に工作物を設置していたから右土地を営業の用に使用、占有していたことになるとか、あるいはガソリンスタンド賃貸業という営業のために右土地を使用、占有していたというのは失当である。右前面の土地に関する特別措置による補償の問題は、右土地に工作物を設置していたのは誰か、あるいは右土地の所有者は誰かということではなく、右土地を店舗と同視される程度に現実に営業の用に使用、占有していたのは誰かということにかかわるものだからである。
別紙第二図面およびガソリンスタンド営業の実態からも明らかなように右前面の土地はガソリンスタンドの一部であり、右土地を店舗と同視される程度に常時営業の用に使用、占有していたのは広和興産であつて原告ではない。したがつて右土地についての特別措置による補償を右訴外人に支払つた被告の措置は正当である(なお工作物移転補償と特別措置による補償は、その目的を異にするから、被告において、原告が右前面の土地に工作物を設置していたことを認め、これに対して工作物移転補償をしたことは特別措置による補償とは関係がない。)。
b 他方広和興産の場合には、「建物の移転」という要件については、前記のとおり店舗の前面の土地も店舗と同視される結果、その要件を充たし、「移転建物の使用者、(占有者)」の要件にも該当する。また収用に起因するガソリンスタンドの改装のため、営業の休止を余儀なくされ、右訴外人に対する営業補償等をもつてしては、従来と同程度の店舗を確保することが困難であると認められたので、前記要件のすべてを満たすのである。すなわち広和興産が使用占有していた建物(店舗)そのものは、収用区域外に存していたのであるが、給油取扱業務用に使用、占有していた店舗の前面の土地は収用区域内にあつて道路に面し、道路より高くなつていたところ、それが道路とされて道路と同じ高さになるため残地の地盤面は新設歩道面より〇、二六ないし〇、五八メートル高くなりそのままでは車の出入に支障を生じ、また店舗前面の営業のために使用、占有していた土地上に存したガソリン計量器二基、水栓、地下タンク等の業務用工作物も、移転あるいは改装を余儀なくされる等、当該給油取扱所を全面的に改装することが必要となつた。そこでその営業に使用していた土地についても、その一定率を店舗とみなしてこれを補償することとしたものである。
c 訴外日本冷蔵の場合は、別紙第一図面の赤線で囲まれた店舗部分を原告から賃借し、この店舗を使用、占有していたが、建物(店舗)そのものの移転がなく、また右訴外人は食品の小売を業とし、店舗前面の土地を常時営業の用に供していないので、店舗前面の土地を店舗と同視するという取扱いは適用されない。したがつて「建物の使用者(占有者)」という要件には当るが、「建物(店舗)の移転」という要件には当らない。
d 訴外水田松蔵の場合は、「建物の移転」がありまた右訴外人は移転建物の「使用者(占有者)」であり、右訴外人に対する土地補償、移転補償等をもつてしては、従来と同程度の建物(店舗および住宅)を確保することが困難であると認められたので、第三の要件にも該当する。
(ヘ) 以上のとおり、原告および訴外日本冷蔵は、特別措置の要件を充たさないので、これの適用がなくまた訴外広和興産および同水田松蔵は、特別措置の要件に該当するので、これの適用がなされたのである。
ハ 以上のとおりであるから、店舗の所有者である原告に対しては特別措置の適用がなく、賃借人である広和興産が特別措置による補償をうけたことは、一見したところ不公平のようであるが、店舗の所有者である原告に対しては別紙第一図面の赤線で囲まれた部分のうちで青線から下の部分の土地補償および赤斜線の部分についての給油取扱所改修工事補償三五〇万余円、および改修のため賃貸できなくなつたための賃貸料補償一〇六万余円その他工作物移転補償等が支払われているのであつて、店舗の所有者である原告と、店舗の賃借人である右訴外人を比較するとき、特別措置については、その実情を異にするから適用の有無も異なり、実質的には原告と右訴外人はなんら不平等な取扱いをうけてはいないのである。
以上のとおり広和興産に対する特別措置は、給油取扱業務用の工作物を現に使用するものが、収用の結果として改修を必要とすることになつたため、その占有を失うことにより生ずる損失の補償であつて、その内容は右に述べたとおりであり、工作物移転補償とはなんら関係のないものである。原告は単に所有者であるにすぎず、しかも右のような事情が存しないのであるから特別措置による補償の必要がないのである。
(4) なお原告は、本件土地上において営業の用に供し、使用、占有していた物件を摘示し(工作物目録参照。)て、これについて特別措置による補償を請求しているが、原告摘示の工作物については、起業者たる被告は原告に対し、原状回復に必要とする費用相当額として工作物移転補償一〇六万余円を支払つており、前記のとおり補償要綱等に定める特別の要件には該当しないので特別措置による補償の必要はない。したがつて広和興産が特別措置による補償をうけていると否とにかかわらず、原告において右措置による補償を請求しえないものである。
3、仮設建物移転補償についての被告の主張
(1) 原告がその主張の仮設建物三棟を撤去したのは、原告において右建物が不必要になつたため原告自ら撤去したものである。
(2) ところで、土地収用に伴う移転費の補償は、起業者が用地の取得に際し、地上物件があれば、それと同程度のものを他の場所に再現させるに相当と考えられる補償をなすことを要するのであるが、本件の場合には、土地細目公告時に建物が存しないのであるから(建物の撤去は土地細目公告の時より一年前に行なわれた。)、起業者たる被告にはこれに対する移転補償の義務はないものというべきである。なぜなら、収用時に被収用地上に建物が存する場合には、建物所有者は当該建物を移転しなければならない土地収用法上の義務を負担するため、この移転義務に対して、起業者は移転料を補償する義務を負うのであるが、本件の場合には、原告に、収用による建物移転義務が存しないため、それに対応する被告の移転料支払義務も存しないのである。
(3) 東京都係官小坂実は、昭和三六年七月三〇日頃まで本件の土地上に存在していた仮設建物三棟について、原告社員千葉原から「参考までに、この程度の建物であれば、どの程度の補償があるか。」と質問されたのに対して「五〇〇万円位である。」と応答しただけである。
なお、仮に原告主張のように話合いが成立したとしても、それは土地細目公告以前のものであるから、これをもつて土地収用法上の協議が成立したものとすることはできない。本件についての土地収用法第四〇条による協議は、昭和三七年一二月二四日に起業者よりその申込みがなされたけれども不成立に終つているのである。
第四証拠関係<省略>
理由
一 原告の主たる申立てに対する判断
土地収用法第一三三条第一項にいう収用委員会の裁決のうち損失の補償に関する訴えは、形式的には当事者訴訟の形をとつているが(第二項参照)その実質は収用委員会の裁決に対する抗告訴訟であり、また、そのうち補償額の増減を求める訴えは、裁決によつて定められた補償額の変更を求めるものにほかならないものであり、しかも同条第二項によれば、右の訴えは、これを提起した者が、起業者であるときは土地の所有者又は関係人を、土地所有者又は関係人であるときは起業者を、それぞれ被告とすべきものとされており、また右の訴えには、補償額の増額を主張する場合、その減額を主張する場合、あるいは関係人が訴えを提起する場合等も当然考えられるのであるから、かような点を綜合して考えると、補償額の増減を問題とする場合における土地収用法第一三三条の訴えは、収用委員会の裁決のうち補償額の部分の変更を求める形成の訴えにほかならないもの、と解するのが相当である。したがつて収用委員会の裁決のうち右の部分についての変更を求めることなく直ちに起業者に対し、収用委員会の裁決により支払われるべきものとされた補償額をこえる額の支払を求める訴えは不適法である(収用委員会の裁決の変更を求めると同時に、その差額の支払を求めうるかどうかは別問題である。)。それ故原告の主たる申立ては、不適法として却下をまぬがれない。
二 原告の予備的申立てに対する判断
(一) 建築制限による損失の補償請求について
1 本件土地が昭和二一年三月二六日戦災復興院告示第三号に基づく都市計画を実施するため、都市計画法第一一条、同法施行令第一一条、昭和二一年勅令第三八九号、建築基準法第四四条第二項により原告主張のとおり昭和二三年一月一日から昭和三八年八月三一日(本件土地について収用裁決のあつた日)までの間にわたり、右各法令所定の建築制限を受けていたものであることは当事者間に争いがない。
2 ところで原告は右建築制限により損失を受けたとし、右損失についても憲法第二九条第三項を窮極の根拠として土地収用法第六八条または第八八条により補償されるべきであるというのに対し、被告は右の建築制限をもつて憲法第二九条第二項の問題であるとし、法令に特別の規定がない以上補償の限りではない旨争うのである。
3 そこで以下右の点を検討するに、都市計画は、交通、衛生、保安、経済等に関し永久に公共の安寧を維持し又は福祉を増進するための重要施設の計画(都市計画法第一条)であるが、同法第一六条第一項によると、道路、広場、河川、港湾、公園、緑地その他政令をもつて指定する施設に関する都市計画事業であつて内閣の認可を受けたものに必要な土地はこれを収用または使用することができ、同法第一一条によると、第一六条第一項の土地の境域内等における建築物、土地に関する工事又は権利に関する制限であつて都市計画上必要なものは政令をもつて定めるものとしているのであるから、右同法第一六条第一項、第一一条に基づく建築制限が、前記都市計画事業の施行を予定し、そのために必要とする土地の収用、使用に向けて行なわれるものであることは明らかであり(したがつて都市計画法第一一条に基づく同施行令第一一条および昭和二一年勅令第三八九号による建築制限が右都市計画事業の施行のためのものであることはいうまでもない。)、さらに建築基準法第四四条第二項による計画道路内における建築制限が都市計画法に定める都市計画実施のためのものであることも同項および同法第二条第一九号の規定からして明白である。
4 ところで憲法第二九条第二項は「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。」と規定しているのであり、土地所有権の内容についても、公共の福祉に適合するよう法律でこれを定めうることはいうまでもないが、前記のような都市計画の目的に照らせば、都市計画法第一一条(あるいはこれに基づく政令)および建築基準法第四四条第二項により都市計画ないし都市計画事業のために前記都市計画法第一六条第一項の境域内あるいは建築基準法第四四条第二項の計画道路内において建築制限が行なわれ、そのため右の地域内にある土地所有者の権利が制約される結果となつたとしても、それはこのような地域内における土地所有者が公共の福祉のために受忍すべき社会的拘束に基づくものであつて、土地所有権に本来内在する制約であるというべきであるから、憲法第二九条第二項により容認されるところといわなければならない。
5 しかして本件収用にかかる土地については、右都市計画法第一六条第一項の土地として(この点は弁論の全趣旨から明らかである。)、同法第一一条、同法施行令第一一条、昭和二一年勅令第三八九号、建築基準法第四四条第二項に基づく建築制限が行なわれていたのであるから、右の建築制限による土地所有権の制約については、憲法第二九条第三項による補償を要するかぎりではないと解せられる。したがつて、憲法の同条項を受けて定められたものとみられる土地収用法第六八条ないし第八八条によつて補償されるべき損失にも含まれないものというべきである。
原告は、右のような建築制限特に不相当に長期間にわたる建築制限による損失は、憲法第二九条第三項に基づく土地収用法第六八条または第八八条により補償すべきものであると主張するが、右に述べたように、都市計画ないし都市計画事業による建築制限は、公共の福祉のために所有権に対し一般的に加えられた内容的制約であつて、これをこえた特定の者の財産権の行使の自由に対する特別の制限ではなく、したがつてこれにより損失を受けたとしても、右各法条によりその損失を補償すべきものではないと解するのが相当であるから、原告の右主張は失当である。
6 しかして憲法第二九条第三項を直接の根拠規定として原告主張の建築制限に関してその主張にかかる損失の補償をなすべきものとする原告の主張も理由がないことは前述したところから明らかである。
(二) 工作物移転補償の請求について
1 土地収用法第七七条によれば、「収用し、又は使用する土地に物件があるときは、その物件の移転料を補償してこれを移転させなければならない。この場合において物件が分割されることとなりその全部を移転させなければ従来利用していた目的に供することが著しく困難となるときは、その所有者は、その物件の全部の移転料を請求することができる。」ものとされており、さらに同法第八八条は、「第七二条から第七五条まで、第七七条及び第八〇条に規定する損失の補償のほか離作料、営業上の損失、建物の移転による賃貸料の損失その他土地を収用し又は使用することによつて土地所有権者又は関係人が通常受ける損失は補償しなければならない。」と定めている。そして原告主張の工作物について移転料が支払われたことは当事者間に争いがない。原告は、被告が本件収用の関係人の一人である広和興産に対しては移転補償額と移転雑費との合計額金二万一、三二一円の約三五、八倍に当る七六万三、九二〇円を特別措置による補償額として支払つているにもかかわらず、原告に対する特別措置による補償は零であるから、原告にもまた特別措置による補償として原告の工作物等移転補償額金一〇八万一、八九四円の三五、八倍に相当する金三、八七三万一、八〇五円の補償が支払われるべきである、と主張する。
2 ところで被告の主張によると、右特別措置による補償とは、被告が主張するような内容のものであるというのであり、この点は原告も明らかに争つていないものと認められる。
してみれば、特別措置による補償は、建物の移転により、その使用者がその住居または店舖を失う場合において、補償基準要綱の関係各条による補償料をもつては、使用者が従来使用していた住居または店舖と同程度の住居または店舖を確保することが困難であると認められるときに、その使用者に対し原状回復に必要とする費用相当額(移転先入手に要する諸経費等)を補償するものであるが、ガソリンスタンド等の一定種類の営業については、営業の用に供していた建物の周囲の土地で店舖と同様の機能を営んでいたものについても、一定の割合で建物と同視してこれに対し同様の補償をすることにしていたものであるところ、現場写真であることについて争いのない乙第四号証、原告主張の日に撮影された現場の写真であることにつき争いのない甲第四号証、原告主張の日に撮影された写真であることにつき争いのない甲第五号証、成立に争いのない甲第一号証および第三号証に原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨を綜合すると、原告は寝具の製造ならびに修理加工および販売、衣料品の製作ならびに加工および販売、不動産の賃貸借等を主たる業務とする会社であること、本件収用地に接する北側の土地には原告所有の賃貸建物(店舖およびアパート)ならびに原告会社事務所があつたこと原告主張の工作物が本件収用地上にあり、そのうちさらに原告主張の工作物が原告所有建物の賃借人である広和興産の経営するガソリンスタンド前の部分の収用地上にあつたこと(この点は当事者間に争いがない。)、が認められるから、右ガソリンスタンド前の収用地はガソリンの補給等ガソリンスタンドを利用するためガソリンスタンドに出入りする自動車のほか原告会社へ出入する者や原告の賃貸建物の住人従業員および訪問者等もまた必要に応じ通行する等してこれを使用したであろうことは推知することができるけれども、右証拠によれば、北方に位置する原告の事務所と南側に位置する右ガソリンスタンド前の収用地との間には、広和興産賃借の右ガソリンスタンドの建物があつて原告の事務所とガソリンスタンド前の収用地との間を仕切つており、更に右ガソリンスタンドの建物の西側には右収用地の南端に達するまで直線にブロツク塀が設置され、また、その南端には電柱、広告柱がたてられているとともに右収用地とその南側の既設道路との境界には側溝が存在し、更に右収用地内の東側の部分にはガソリン計量器、サインボールが設置されていることが認められる(広和興産が右ガソリンスタンド前の収用地上の広告柱、照明施設、ガソリン計量器等を現実に使用し、またガソリンスタンドに出入りする車を駐車又は停車させることにより右土地を現実に使用してきたことは原告の認めるところである。)。以上認定の各事実を綜合すれば、右ガソリンスタンド前の収用地はその位置施設等の関係からも、広和興産の従業員およびその顧客が事実上主として使用していたもので、その法律上の占有権限の有無は別として、広和興産がガソリンスタンド業の営業のために店舖と同視しうる程度に占有、使用していたものとみるべく、原告がガソリンスタンドの賃貸、賃貸住宅、ふとん衣類の製造販売業の営業等のための土地として店舖と同視しうる程度に占有使用していたものとは認めがたい。
4 それ故原告主張の近隣者らに対してなした被告のいわゆる特別措置に基づく補償がすべて適法妥当なものであつたかどうかの点はともかく、原告に対し、右特別措置による補償をしなかつた被告の処置は相当であるというべく、他に原告において前記特別措置による補償を請求しうる点について主張立証のない本件では、特別措置による補償を求める原告の主張は失当である。
(三) 仮設建物移転補償の請求について
1 原告はまずその主張するような経緯によつて、昭和三六年九月七日頃、原告と被告との間において土地収用法第四〇条所定の協議による合意が成立した旨を主張する。しかし右主張のような合意が成立したものと認めるに足る証拠はなく、かえつて証人小坂実、千葉原菊雄の各証言および原告会社代表者高桑寅雄本人尋問の結果を綜合すれば、原告の社員千葉原が東京都の職員小坂実に対し、原告主張の建物に対し補償金が支払われる場合の見込額を質問したのに対して右小坂が三〇〇万円から五〇〇万円程度になるであろうとの意見を述べたことがあるにすぎないことが認められる。したがつて原、被告間に協議による合意が成立したことを前提とする原告の主張は、その余の点を考えるまでもなく採用できない。また収用によつて補償せられるべき損失は、収用を原因として発生したものでなければならないから、収用当時すでに存在しない被収用土地上の建物の移転料のごときは収用による損失として補償されるべきものではないと解されるところ、原告主張の建物が本件収用裁決当時にはもちろん本件土地細目の公告当時にすでにとりこわされてもはや存在していなかつたことは当事者間に争いがないのであるから、その移転のための補償をなすべき限りではないものというべく、収用委員会がその移転補償を問題としなかつたのは当然である。それ故右建物について土地収用法による移転補償をなすべきものとする原告の主張も失当である。
三 結論
以上の次第で、原告の主たる申立てにつきその訴えを却下し、原告の予備的申立てによるその請求は、すべて理由がないからこれを失当として棄却すべく、訴訟費用はこれを原告に負担させることとして主文のとおり判決する。
(裁判官 位野木益雄 高林克已 仙田富士夫)
(物件目録、工作物目録、別紙第一、二図面省略)
別紙
(東京都の都市計画と建築制限)
一 東京都の都市計画は、昭和二一年三月二六日戦災復興院告示第三号により決定されたものであるが、この決定により本件街路を含め現在工事が進行中の東京都の放射街路、環線街路の区域名称等はほとんどすべて定まつていた。
二(一) 右昭和二一年三月二六日以降後記勅令第三八九号の施行された同年八月一五日までの間は都市計画法第一一条、同法施行令第一一条により計画区域内の土地に建物を新築する等の場合には地方長官(後に都道府県知事と改められた。)の許可を要したのであるが、現実には、計画実施の際には無条件無補償で撤去することを条件に、建築許可をしていたものである。
(二) 昭和二一年八月一五日に至り戦災都市における建築物の制限に関する勅令第三八九号が施行され、東京都の区の存する区域における都市計画法第一一条の制限は、同施行令第一一条にかかわらずこの勅令による、とされ、右勅令は右都市計画法および同法施行令の特則ということになつたが、右勅令は、その第二条において都市計画区域における新築、改築又は増築(以下単に建築という。)の原則的禁止を規定し、その第三条において、地方長官(後に都道府県知事と改められた。)は都市計画上の支障がないと認め、且つ、次の各条件に適合する場合には建築許可をすることができる、とした。そしてその条件とは、「当該建築物の階数が二以下であり、容易に移転又は除去ができる構造を有し、一棟の床面積が一〇〇平方メートル以下であり、且つ建築面積の敷地面積に対する割合が商業地域内においては十分の五以下、その他の区域においては十分の三以下であること」である。しかし現実には右のような条件を満たしていた場合でも、収用のときは無補償で撤去する旨の条件(その他色々の条件が附加されたことが多かつた。)付で建築を許可されていたものがほとんどであつた。右勅令は昭和二三年七月一六日政令第一六六号、同二四年一一月一日政令第三六〇号、同二五年九月四日政令第二八三号、同年一一月一六日政令第三三八号、昭和二七年八月九日政令第三四〇号によりそれぞれ改正され、昭和三〇年三月三一日政令第四七号により同年四月一日(土地区画整理法施行の日)をもつて廃止されたのであるが、右の昭和二四年一一月一日政令第三六〇号による改正(同日施行)により前記勅令は「特別都市計画法第五条の土地区画整理の施行地区」にのみ適用されることとなり、この時より別紙目録記載の各土地に対し右勅令の適用はないことになつたのである。
(三) そこで昭和二四年一一月一日以降は再び前記都市計画法第一一条、同法施行令第一一条の適用をみるに至り、都市計画区域内における建築には知事の許可を要するものとされたが、現実には知事の許可は収用の際無補償で撤去する旨の条件の下でのみゆるされていたのである。なお他方においては建築基準法第三章が都市計画区域内の建築物等に関する法規制をし、同法第四四条第二項は、計画道路の区域内においては、同条項の条件を満たさない建築物の建築を絶対的に禁止したが、同条項の条件を満たしていても、なお都市計画法施行令の規制を受けるため結局のところ建築をするには都道府県知事の許可を受けねばならないこととなつているわけである。